サルコペニアという言葉をご存知でしょうか?
いわゆる体の機能を維持する筋肉量が足りていない状態なのですが、病院に入院する患者さんの中にはサルコペニアの状態の方が多くいらっしゃいます。
さて、このサルコペニアが実は医療者側の不適切な指示、すなわち医原性に起きているかもしれない、と言われたらどう思いますか?
果たしてあなたの施設ではサルコペニアを起こさないための適切な指示が出されているでしょうか?
今回は医原性サルコペニアと栄養管理、新たに登場したエネフリード輸液の活用意義について解説します。
【この記事を書いた人】
病院薬剤師です。医療や薬についての正しい情報を提供するように心がけています。
医原性サルコペニアとは
まずサルコペニアの定義について確認しましょう。
サルコペニアとは進行性、全身性に認める筋肉量減少と筋力低下のことをいいます。
サルコペニアになると、日常生活に支障が出るだけでなく、人生のQOLが低下し、最悪死に至ることもあるんです。
サルコペニアは
- 加齢
- 低活動
- 低栄養
- 疾患
の影響で起こります。
医原性サルコペニアはこのうち低活動、低栄養が医療者の指示で拍車がかけられることによって起こります。
つまり、必要以上に安静指示が出されたり、必要な栄養が入らないことによって起こるんです。
医原性サルコペニアを引き起こす絶食・安静
例えば誤嚥性肺炎で入院になった患者さんに、絶食・維持輸液(ソリタT3号500mL3本)・抗菌薬・絶対安静みたいな指示みたことありませんか?
安静臥床によってヒトの筋肉量は1日約0.5%減少し、筋力は1日0.3〜4.2%減少すると言われています。
2週間安静にしてたら相当落ちることになりますし、普通の感覚からしても一度落ちた筋肉量を元に戻すのが大変なことは分かりますよね。
何もしないと確実に筋肉は衰えていきます。
また維持輸液(ソリタT3号500mL3本)はカロリーにして約200kcalしかありません。
これでは明らかに栄養不足であっという間に飢餓状態に陥ってしまいます。
考えてみれば当たり前のことなのですが、長年の慣習みたいなものだったり、サルコペニアの概念が浸透していないこと、栄養に対する意識の薄さもあいまって、入院して医原性サルコペニアが進行してしまう現状がまだ多くの施設で見られています。
サルコペニアと摂食嚥下障害
さらにサルコペニアは摂食嚥下障害を引き起こします。
サルコペニアによって、食べるために必要な筋力までも落ちてしまうんです。。
入院前には3食食べられていたのに入院してから食べられなくなる、ということが実際に起きています。
高齢者が入院して不適切な指示が出される→医原性の低活動&低栄養→サルコペニア→摂食嚥下障害になってまた食べられなくなる、、といった悪循環をどこかで断ち切らないといけないのです。
医原性サルコペニアを起こさないために
ではどうすれば良いのか?
簡単ですね。
とりあえず絶食、とりあえず安静をやめて必要な栄養を入れる、必要なリハビリをする、ことです。
誤嚥性肺炎で入院したからといって全員が絶食としなければならないわけではありません。
水飲みテストをしてみたり、とろみ水やゼリーを使ってみたり適切な評価をしたうえで食べてよいのか、それとも点滴でいくのかを判断すべきですし、疾患の治療に合わせて筋力を低下させないリハビリをすべきなんですよね。
とはいえ、私の施設でもうまくいっているわけではないので今後の課題です(^_^;)
誤嚥性肺炎で入院したらとりあえず絶食&維持輸液、絶対安静の文化になんとか風穴をあけたいと思ってます🤔 https://t.co/PwC5SbPXMP
— 管理人 (@管理人901619361) January 1, 2021
エネフリードの登場
ここで新たに登場したエネフリード輸液を紹介します。
エネフリードはビーフリードと脂肪乳剤を一つの製剤にしたものです。
ビーフリードよりハイカロリー(210kcal vs 310kcal)で4本で1240kcal入るため、高カロリー輸液に頼らなくても末梢点滴栄養で1日に必要なカロリーを補うことが現実的となりました。
エネフリードの審査報告書には
1.起原又は発見の経緯及び外国における使用状況に関する資料等
エネフリード審査報告書より
本剤は、JSPEN ガイドラインにおいて、PPN 療法では、糖、電解質、アミノ酸輸液製剤に、水溶性ビタミンの併用が推奨されていること、並びに投与エネルギー量の増加、浸透圧を下げることによる血栓性静脈炎の抑制及び NPC/N 比の適正化のために脂肪乳剤の併用が有用とされていることを踏まえ、既承認の糖、電解質、アミノ酸輸液製剤である BF 及び既承認の脂肪乳剤である IL20 の成分組成を基本とし、FDA2000 処方に基づいて水溶性ビタミンを加えて一剤化した PPN 製剤である。
と記載があり、ガイドラインでも求められている製剤であることがわかります。
有効性については以下の条件で臨床試験が行われています。
対象:術後 1~2 週間程度の PPN 療法を必要とする消化器手術後患者を対象(目標症例数:各群 55 例、計 110 例)
デザイン:OPF-105(エネフリードとほぼ同成分の輸液) 又は BFL(ビーフリード)の無作為化非盲検並行群間比較試験
主要評価項目:1POD 又は 2POD から 8POD までの栄養指標(TP、ALB、プレアルブミン、RBP 及びトランスフェリン)の血中濃度
この試験の結果、OPF-105 は主要評価項目であるいずれの栄養指標についても事前の規定値を達成し、BFLに劣らない結果です。
まあ、当たり前といえば当たり前か(^^;
一方、安全性については注射部位反応の発現割合が多いことが懸念され、審査報告書で機構と申請者で議論が交わされています。
機構は、国内第Ⅲ相試験において、注射部位静脈炎がBFL群と比較してOPF-105群で多く認められたことについて申請者に説明を求めるやり取りが記載されていましたが、結局機構は静脈炎の対照薬として挙げたフィジオ35と比較して、エネフリードのpHが中性に近い、滴定酸度が低いのでフィジオより静脈炎のリスクが低いとする申請者の説明は妥当、と判断しています。
静脈炎については市販後も様子をみる必要があると思いますが、まとまったカロリーが効率良くとれるのは、サルコペニアを防ぐ意味でも使用価値があるのでは?と思います。
※ちなみに滴定酸度とは・・
溶液をpH7.4に中和するために必要な水酸化ナトリウム(強アルカリ性)の量として表され、輸液製剤に含む総酸性濃度を示しています。
つまり、滴定酸度が高い輸液ほど血液で希釈されても血液のpHに戻りにくく、より血管障害性が強いことを意味します。
例えば、浸透圧が同じくらい(約2)であるヴィーンDとソリタT3Gの滴定酸度をを比較すると、ヴィーンDでは4.16、ソリタT3Gでは0.93(mEq/L)とヴィーンDのほうが血管障害性は強いことになります。
滴定酸度が比較的高い代表的なPPNはフィジオ35(滴定酸度15.6)、ビーフリード(5.1)、アミノフリード(8.0)などです。
エネフリード使用上の注意
投与速度
用法及び用量
エネフリード添付文書より
通常、成人には1回550mLを末梢静脈内に点滴静注する。投与速度は、通常、成人550mL当たり120分を基準とする。
なお、症状、年齢、体重に応じて適宜増減するが、最大投与量は1日2200mLまでとする。
脂肪乳剤が適切に利用されるには、ある程度時間をかけて投与することが必要なのはご存知でしょうか?
投与速度が速いと代謝が間に合わなくなり、脂肪利用率が低下し、血中の脂質が増加し高脂血症を来すと言われています。
さらに、代謝されずに血中に滞留した人工脂肪粒子が異物として認識され、肝臓や脾臓の網内系に貪食されて免疫機能を低下させるとも言われています。
そのため、脂肪を静脈内に投与する場合には0.1g/kg/時以下にする必要があります。
エネフリードは1バッグあたり2時間以上かける、となっています。
1バッグに含まれる脂肪は10gなので体重50kgの人であれば2時間以上かければ0.1g/kg/時以下を達成できます。
その他の注意点
脂肪乳剤を配合した製剤としては既に高カロリー輸液であるミキシッドが同じく大塚製薬から販売されています。
ミキシッドを参考にエネフリードの注意点を挙げると
- 白濁しているので配合変化に気づけない
- 細菌汚染しやすいのでルートを24時間毎に交換しなくてはいけない
- 輸液内直接もしくは側管から他の薬剤を投与できない
- 三方活栓やポリカーボネート樹脂のプラスチック製品を破損する可能性
- 目詰まりするためフィルターが使用できない
最も気をつけるべきなのは細菌汚染ですね。
ビーフリード含めたPPN製剤の細菌汚染のリスクについてはこちらの記事をご覧ください。
【関連記事】ビーフリードの正しい使い方【メリット・デメリット】
まとめ
サルコペニアの定義、医原性サルコペニアについて、その対策、エネフリード輸液の意義についてまとめました。
医原性サルコペニアはおそらく多くの施設で起きている問題ですが、対策できていない施設も多いのでは。
不適切な医原性サルコペニアを1例でもなくし、患者さんに元気な状態で帰ってもらえるように病院全体でこの問題に取り組む必要がありますね。
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