抗不整脈薬ピルシカイニド(サンリズムカプセル®)に関して、先日こんな痛ましい事故があったことをご存知でしょうか。
このニュース、あなたの職場では話題に挙がりましたか?
薬剤師であれば誰でも同じ状況に出くわすかもしれないこの事故。
私は決して他人事には思えませんでしたね・・
今回はこの事例から、薬剤師が腎機能をチェックする意義について考えます。
【この記事を書いた人】
病院薬剤師です。医療やくすりに関する正しい情報を提供するように心がけています。
ピルシカイニドとは
ピルシカイニドはVaughan-Williams分類クラスⅠc群に属する抗不整脈薬です。
最近は抗不整脈薬自体あまり使われなくなってきていますが、ピルシカイニドは発作性心房細動、発作性心房粗動、発作性上室頻拍をすぐに何とかしたい場合なんかに時々使われます。
剤型としては経口薬と静注薬があります。
その特徴としては
- 経口投与で90%以上が腎臓からの尿中に排泄される
- 腎機能が低下した患者や高齢者などでは排泄遅延により半減期が延長する
ことが知られています。
このため腎機能低下の程度に応じて投与量を減らさないといけない薬です。
添付文書には透析患者の場合は25mgから開始、と記載されています。
ピルシカイニド過量投与に至った背景
今回の事例は
整形外科医が透析患者の持参薬のアプリンジンを処方しようとした
院内採用薬にアプリンジンがなかったので、同じIc群のピルシカイニドを処方した
薬剤師は透析患者に通常量で処方されていることに気が付かずそのまま調剤した
という流れです。
実は2010年にも全く同じような事例が日本医療機能評価機構から報告されています。
この事例でも
処方医が透析患者の持参薬プロパフェノンを処方しようとした
院内採用薬にプロパフェノンがなかったので、薬剤師は同じIc群のピルシカイニドを代替薬として鑑別報告した
薬剤師は透析患者に通常量で処方されていることに気が付かずそのまま調剤した
という経緯です。
いずれも院内採用薬がなかったため代替薬を処方しようとした背景がありました。
とはいえどちらも薬剤師も関与しています。
薬剤師のチェックがうまく働いていれば防げたはず・・。
同じ薬剤師としては非常に残念です。
10年以上前に起こったアクシデントがいまだに繰り返されるのはなぜなのでしょうか?
腎排泄薬剤が過量投与されてしまう理由
このようなアクシデントが続く理由を3つ挙げます。
医師の問題
まず医師側の問題点としては
- 腎機能で調節すべき薬剤と認識できていない
- 腎機能に関連する検査値をチェックしていない
などが考えられます。
今回の事例では透析患者の処方を整形外科医が引き継いだ形です。
ふだん処方し慣れない薬剤だったことも原因として大きいと思いますが、不慣れであればあるこそ慎重に処方するべきだったとも言えます。
とはいえ医師の処方ミスを食い止めるプロセスこそしっかり機能すべきだったのではないかと思います。
システムの問題
ヒューマンエラーを防止するという意味ではITを使ったチェック体制が不可欠です。
電子カルテが導入されている病院であれば
- ハイリスク薬であることのアラート機能
- 腎機能で調節が必要な薬剤であることのアラート機能
- 検査値に異常があった場合のチェック
- これらを複合的にチェックできる機能
が導入されているところがあるかもしれません。
しかし現状では電子カルテの標準機能としてこれらのチェックができる機能を持っている病院は多くはないのではないでしょうか。
私の病院ではとてもシステム的にここまでのチェックをかけることはできないので、どうしても薬剤師の目で確認する必要があります。
薬剤師の問題
薬剤師は最後の砦として処方薬をチェックすべき立場にあります。
ITによる処方チェックシステムが完璧に働いていないことを前提にすると
薬剤師は
- ハイリスク薬であることを認識していなくてはならない
- 腎機能で調節が必要な薬剤であることを認識していなくてはならない
- 患者背景を知らなくてはいけない
- 患者の検査値を確認しなくてはならない
はず。
例えば今回の事例であれば
- ピルシカイニドは安全域と中毒域の狭い危険な薬だな
- ピルシカイニドは腎機能で調節が必要な薬だったな
- 患者さんは高齢かな?どんな基礎疾患があるのかな?
- 患者さんの腎機能は大丈夫かな?
という思考が働かなくてはいけないはず。
薬剤師としてどうすべきか?
対策としてできることは人それぞれおかれた環境によって違うでしょうが・・
二度とこのような事故をおこさないようにするためには
知っている、意識している、気がつける
かどうかだと思います。
手っ取り早く簡単にできることとしては
- 今回の事例について薬剤部内で情報共有する
ことですね。
ふだんから調剤・監査時に意識づけができている職場は理想的です。
またシステムが改善できる余地があるのであれば
- マスタ整備をして、処方箋上で腎機能でチェックが必要な薬剤であることが分かるようにする
- 処方箋上に検査値を載せる
ことは比較的取り組みやすいかもしれません。
個人としてやれることは
腎臓病薬物療法学会が公開している
に目をとおしたり
参考書籍で透析や慢性腎臓病(CKD)について勉強をすることに尽きます。
注意すべき薬剤
腎排泄される薬剤は数多くありますが、これらすべてが過量投与=医療事故につながるわけではありません。
過量投与の際にどんな毒性を示すのかを知っておき、これはヤバいと思える感覚が必要です。
ピルシカイニドであれば心室頻拍といった致死的不整脈
バラシクロビルであれば精神神経障害
プレガバリンであれば意識障害や歩行障害
エルデカルシトールであれば高カルシウム血症
ダビガトランであれば消化管出血等の出血傾向
NSAIDsであれば急性腎不全
最近は検査値が載った処方箋が発行されるようになってきていますので、院外薬局でもチェックが働くようになってきています。
薬剤師には患者背景を含めた検査値、薬剤、投与量からいち早く危険を察知する能力が問われていると思います。
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まとめ
ピルシカイニド過量投与の事例を通して薬剤師が腎機能をチェックする意義についてまとめました。
今もなお繰り返される腎排泄薬剤の過量投与。
100%安全なシステムが機能していない以上、薬剤師は知識をつけて患者さんを守るしかありません。
これを機会に腎に興味をもち、薬剤師としての勘を養っていただきたいと思います。
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